2015年12月20日日曜日

これからもIT勉強会(コミュニティ)は必要なのか本気出して考えてみた

とある雑誌の原稿を出したら編集さんに

「そーだいさん、コミュニティに対してもっと熱い想いあるでしょ?そういうの出してください。」

って言われまして。
原稿の校正納期今日なんだけどもっと自分自身を掘り下げる意味で表題の事を考えた。
なのでただのポエムです。

まず最近、大手岡山Web系セミナーに若手が少ないらしい。




参加者平均年齢が40代超えてるであろうDB勉強会からするとまだまだ若いじゃん?とか思ったり。
でもね、中の人がそういう危機感があるって事は「緩やかな死」を感じてるってことだと思うんですよね。
その危機感を中の人が感じてるのだから間違い無いと思う。
そして危機感をこうやって複数の人がアウトプットするのは大切だと思う。
あと緩やかな死とかコミュニティの継続についてはちょっと昔に考えた事があるので興味がある人はどうぞ。

IT勉強会について本気出して考えてみた

僕は同じような状況をバックエンドとかサーバーエンドと人たちのITコミュニティで感じてきた。
若い人が出てこないとか運営スタッフが変わらないとか。
でも僕は「コミュニティに育てて貰った」って強い感謝の想いがあるしそれを若い人に恩送りしたいと思ってる。
だから


  • 世代交代
  • スピーカーの機会を用意する
  • 参加費を無くして学生でも参加しやすくする
  • 学校とコラボ
  • 他のコミュニティとコラボ


などを試してる。
でも劇的な変化があったかと言うとまだない。
(少しは変化があったかなとは思うけど)
理由としてはやっぱ絶対的に対象の母数が足りてないし。
そもそも若い人が「データベースに興味を持つ」事自体難しい感じになってる。
だいたいデータベースって仕事なんですよ仕事。
仕事で初めて触るし。
仕事で苦しむ。
周りに詳しい人がいない。
だからある程度経験して中堅くらいになってからDB勉強会に来る。
って人が半分以上。
ただ僕よりも先輩には少数だけど@nuko_yokohamaさんみたいに「データベースが遊び」って人もいる。
他にもネットワークだったりDNSだったりlibraryみたいな僕が仕事だと思う所に興味を持って遊んでる人たちはいる。
これって昔は時代の「最先端の技術」がこういう「技術が遊びの人たち」と「技術をビジネスにしてきた人たち」によって「枯れた技術」になった事だと思うんだよね。
だからこそ僕はDBみたいな枯れた技術ってのは儲かる大切だと思うんだけど「目新しさは無い」ってわけ。
でね、これと同じことが最近Webでも起こってるのかなって思う時がある。
僕の大好きな岡山のエンジニアの@kazuhisa1976さんが

最近の若者に聞くとね、Webは仕事って言うの。
じゃあ休みの日は何のコード書いてるの?って聞くとスマフォアプリかUnityって言うのよ。

コレを聞いたらあぁなるほど!!ってなりました。
僕も小学校、中学校の将来の夢にはゲームプログラマになる!!って書いた人なんで憧れも含めて凄くわかる。
自分でアプリ作ってリリースしてレスポンスがある、そりゃ面白いですよ。
それがね、僕らの世代の「技術が遊びの人」はWebアプリだったんです。
多分、先輩方はメールや掲示板やネットワークやOSSだったりしたんだと思う。
つまりWebは「技術をビジネスにする人たち」によって枯れた技術になりつつある。
これは悲観することじゃなくて世の中のインフラとして認められたって事。
だからレイヤーが変わったというか流行り廃りがあったけど若者自体は業界には要る。
だけど僕らの観測範囲に居ないってだけなんだと。
これは僕は経済の神の手と一緒で人材の流動がある事は仕方ない事だと思う。
そして「技術が遊びの人」な若者が多いところでは新たなコミュニティが生まれてる。
実際に岡山でもコミュニティの再開発は生まれつつある。

第一回「岡山Androidもくもく会」
(今見たら若者じゃない強そうなおっさんが数名参加してたけど)

僕は凄くいいことだと思う。
僕がオープンラボ備後手伝ったりDB勉強会やりたいですって言った時に周りの先輩方は「おーやれやれ、どんどんやれ!」って言ってくれた意味が今ならわかる。
こういうコミュニティが生まれてくる事が重要だと思うし広い視野での業界の新陳代謝だからだ。
スタッフをするメンバーも一新されるだろうしイノベーションには多様性が必要だ。
ということでIT勉強会(コミュニティ)は必要か?って結論に対しては必要ならば新しく生まれてくるってのが結論。
だから僕達が必至になって今のコミュニティを継続する必要もないのかもしれない。
実際に元々岡山には日本Androidのの岡山支部があるけど最近の活動が少ない。
その実体からこうして新しいコミュニティが生まれている。
なのでコミュニティもイミュータブルな感じで代謝が止まったら捨てるくらいが新陳代謝が早くていいのかもしれない。

ここまでが僕が今年の夏くらいまで思ってた事。


■既存のコミュニティは緩やかな死を待つしか無いのか

もし本当に「緩やかな死を止めれない」のであれば残りのコミュニティの余生を楽しんだほうが良い。
そう考えるなら内輪ノリとか同窓会と批判されても来てくれる人たちに最適化して楽しんでもらえる方がいい。
そう悩んだりもした。
けど最近MySQLを触っててMySQL Casualの人たちを見たりJJUG CCCに参加してそれもまた違うなと思ってきた。
廃れた技術は緩やかな死を待つしか無いけど「枯れた技術」ってのは仕事で使うことが多々ある。
さっきのデータベースの例もだけど「仕事で初めて使った、辛い」みたいな人たちを救う場所が必要だ。
そういった人たちが助けを求め迷った時に「助け合う場所」の一つの選択肢がコミュニティだと思うしそのために継続されることは大きい意味がある。
多分、それを母体となるビジネス側も理解してるからJJUGだったりJPUGだったりに協賛金が集まるわけで。
だから「技術で遊ぶ」若者を見つけるのは難しいけど「技術を仕事にしてる」若者を救い上げる事はできるかなと。
その中で10人に1人はコミュニティに興味を持ってくれるかもしれないし100人に1人はコミュニティに関わろうと思うかもしれないし1000人に1人はそのソフトウェアのパッチを書くかもしれない。
そういうアウトプットを増やすことでコミュニティの新陳代謝は進むだろうし継続されていく。
そう考えると僕がJPUGのスピーカーというポジションで求められてるのはPostgreSQLの機能紹介でも事例紹介でも無く「苦しんでる人が助かる術」のアウトプット。
そんなアウトプットが仕事で使ってる人の心に刺さるアウトプットだと思うし求められてる。
そう考えて書いた資料が




たちで一定数以上の反響はあったと思う。
まだその反響に対してコミュニティに誘導する手法は模索中なのでそこは改善していく必要があるところ。

なので既存のコミュニティでも「枯れた技術」を扱っているIT勉強会(コミュニティ)は必要。
そのコミュニティが継続するには「技術が遊びの人」向けのコンテンツも大事だけどアンチパターン的なコンテンツが重要。
そして引っかかった「技術は仕事の人」から上手くコミュニティへ誘導して新陳代謝をしていく必要がある。
そもそもコミュニティの運営やスピーカーってコードを書く力とは直結しないから「技術は仕事の人」の方がコミュニティ運営には適してる事が多いんじゃないかなと漠然と思ったりしてる。
だから次は如何に誘導するか、だけどそれは如何に的確な小さな問題を与えるかだと思ったりしてる。

問題にチャレンジしてもらうために必要な事を考えてみた

そんな事を思いつつ、でも恩送りだけじゃなくて自分自身のステップアップも見据えなきゃいけない。
そんなことを考えながら書いた年の瀬のポエムでした。